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イタリア食の歴史 シチリア島 6

   

前回は古代ローマの珍味やユネスコ世界遺産Villa Romana del Casaleのモザイクがで当時の様子を楽しめるとご紹介いたしました。

 

今日はその続きです。

 

お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

 

535年東ローマ帝国ビザンチン帝国)の支配下(-827年)になったシチリアは、逃げ出す人も多くなり貧しい暗黒時代に突入、663年にコスタンテイノープルからシラクサに帝国の首都が移っても(-669年)あまり状況は変わらなかった。ビザンチン食文化はほぼギリシャとローマの折衷で、地元民はあまり興味を示さず。ワイン醸造技術はClero(教会聖職者)のワイン造りのためこの地で浸透。ギリシャ人やローマ人のようにワインを水で薄めずに。

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 ペロポネソス半島東沖の小島Monenvasia(モネンバシア)のネットリしたワインの作り方を勉強し、マルバジア品種を持ち込んだ。

   

652年になるとアラブ人が侵入し827年にアグラブ朝によって征服されイスラム教徒の支配下になった。

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彼らのお陰で、チュニジアのCap ZebibからZibibbo種の葡萄が持ち込まれ、多くの詩人がこのワインと女性への愛を詩にした。

アラブ人達にとっては水が無く厳しい生活を強いられた砂漠生活から、新鮮で美味しい水やワインが飲めるシチリアに「酔わないワインも牛乳も川のように流れる」場所と表現し、Hurì(フーリ;金髪の乙女の天女。天国に来たイスラム信者男性の性行相手として72人のフーリが相手をすると言われ、処女膜が破れてもすぐさま再生と。)の居る天国を見つけた喜びだった様子。

コーランによる食事制限も持ち込まれ、豚肉や餓死や虐待した動物や貝類・強奪した魚を食べることを禁止する代わりに、野菜や豆類・生や乾燥果物には困らなかった。キュウリ・ナス・ピスタッキオ・キャロブなどもこの時代に持ち込まれたもの。

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Carruba(カッルーバ=キャロブ=いなご豆)はカルシウム・鉄分・食物繊維が豊富。鞘から抽出されるピニトールが血糖値改善作用や肝機能改善効果の研究対象で、シチリア島ではこれが入った蜂蜜・キャラメル・ビスケットや、生パスタに練りこまれることもあります。コーヒーやチョコレートの代用として使われてます。

国内でもこんな感じで手に入る様子。

 

 

 

 

普通に生活してたら干からびそうなシチリア島が天国だったとは。。。

 

今日も最後までお付き合い頂きありがとうございます。

   

参考資料

Conquista Islamica della Sicilia(Italiano/Wikipedia)

Hurì(Italiano/Wikipedia

Carruba (Italiano/Wikipedia)