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みんなのおかげで !!! 。。。食文化を専門に30数年をイタリア在住したEnogastronomoが書いてます。お役に立てれば。

イタリア食の歴史 ワイン 6

   

前回は非常に珍しく、終始ワイン話で終始。。。

GWボケだったんでしょうか。。。

 

今日もまたおつきあいのほどよろしくお願い致します。

 

紀元前2世紀頃にはワインの需要を満たしてきたことから輸出も可能になり、共和政期の紀元前1世紀ごろになると非常に高価なワインも各地で有名になった。

中でも最高級と評判だったのがFaustianum(Falciano del Massico/Carinolaなど丘の中腹で取れるワイン)とCaucinum(Casale di Carinolaなどの丘の高い地域)で、平地に行くに従って扱いは普通に。

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2009年Falciano del Massicoの展望ルートの道路工事中に、Vinum Falernum (現代のFalerno)のブドウ栽培用に作られた15本の畝(2.70m間隔)とローマ帝国時代の特徴あるアフリカ産土器の破片と共に発見された。

 

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Columella(紀元4-70年 農業作家)が著したDe re rustica(12巻。大カトとマルクス・テレンテイウス・ウアッロと共に行ったローマの農業について記す。)に、ブドウ栽培の畝同士の間隔は、10pedes(3m)と記されており、当時の栽培方法と合致している。

f:id:grazieatutti:20180509160614j:plain←Fufluns

ブドウの木の育成方法も、エトルリア人たちは他の木々の幹にブドウの枝(品種は多分Trebbiano・Montepulciano・Sangioveseで今のChianti地帯で始めたらしい、アルコール度数もそれほど強くなかった。エトルリア人たちもワインの神様Fuflunsを祝う習慣があった。)を巻きつかせる方法よりも杭に巻きつかせる方法を大カトと共に提唱。

f:id:grazieatutti:20180509160430j:plain←Doglio

発酵には1000l入るテラコッタで作った大きなお椀のような甕(Doglio:ドリィオ)を使い、翌年の3-4月にアンフォラに移し替え熟成(時には20-25年も)。とも記されている。

しっかりしたワインは、Defrutum(濃縮モスト)を加え、アルコール度数を1-2度あげる技術や、高級ワインほど天井裏や天日干し(Banjuls)し熟成した(現代では考えらない方法。。。お酢になっちゃう。。。バルサミコ酢の遠〜い始まり?)。

   

若い木から作ったワインや普通のワインの多くは、塩・水・濃縮した海水・樹脂と石灰などで加工して飲んでた模様。

 

マルテイアリス(40-102年 Marco Valerio Marzialeラテン語詩人でウイットに満ちた詩で当時のスキャンダラスな行動を明るく風刺したエピグラム(警句)十二巻を著す。)は、ワイン商人でもあり、ソレントの粗悪なワインをパレルモの高価なワインの残り物で割って飲めるように販売。してたらしい。

発酵を調整する技術はまだなかったため、アルコール度数の高いワインもでき、他のアルコール度数の低いワインの調整に使われた。時には、蜂蜜や香りをよくするためにハーブを加えたりする輩も。

 

現代の洗練されたワインとは遠い様子ですよね。(悪酔間違いなし)

なんとか今日も終始ワインの話で終われました。(ほっ)

 

最後までお付き合い頂きありがとうございます。

   

参考資料 

Lucio Giunio Moderato Columella

Marco Valerio Marziale