Grazie a tutti !!!

みんなのおかげで !!! 。。。食文化を専門に30数年をイタリア在住したEnogastronomoが書いてます。お役に立てれば。

クリスマスシーズン到来ですね ! ミラノではサンタンブロージョと・・・ 2

12月に暖かな日々が続くと冬将軍が一段と身に沁みそうですねえ。

蓑虫のような衣の準備。。。皆様は大丈夫ですか ???

 

昨日の「ミラノのイルミネーション」の中で触れたサンタンブロージョ(Sant’Ambrogio)とオベイ!オベイ!(Oh Bej! Oh Bej!)についてです。

 

お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

 

   

 

サンタンブロージョは、4世紀のアウレッロ アンブロージョ(Aurello Ambrogio)ミラノ司教が死後、聖人アンブロージョ(サンタンブロージョ)に。

 

f:id:grazieatutti:20181205113558j:plain

司教時代に元々バッカス神殿の遺構があった場所に、キリスト教迫害時代(3世紀前半)に殉職したジェルヴァジオ(Gervasio)とプロタージオ(Protasio)の双子を祀ったバジリカ マリティルウム(Basilica Martyrum)を386年に献堂。司教自身死後(397年)このバジリカに安置され、現在までミラノ最古の聖堂として「サンタンブロージョ教会(聖堂)」と呼ばれてます。

f:id:grazieatutti:20181205113651p:plain f:id:grazieatutti:20181205113758j:plain

 ローマ帝国の近衛隊(プラエフェクトウス プラエトリオ)の息子で法学を学び370年には帝国西方の中心都市ミラノの主席執政官に選出、374年ミラノの司教死後の後継人事調停に乗り出すも民衆の切望でキリスト教徒になり374年12月7日に司教に叙階。この日がミラノ守護聖人として祝う日の由来です。

 

f:id:grazieatutti:20181205113630j:plain

 

サンタンブロージョは、四大教会博士(サンタンブロージョ・サンタゴスティーノ・サンジローラモ・グレゴーリオ1世法王)の一人と言われ、当時交流のなかった東方教父の思想を西方教会に教えたり聖書解釈のスタンダードを作ったとされてます。

 

彼にまつわる伝説もいろいろあって。。。

赤ん坊の頃、ゆりかごで寝ていた唇に蜜蜂の一団が留まり口の中に入ったりした後天高く消えて行き、親父が「もし長生きしたらこの子は大物になる!」と確証した・・・とか。(また来年この時期にいろいろと・・・)

この守護聖人に感謝しクリスマスに向けミラノの庶民が12月7日から日曜日までお祝いしお祭りするのが、オベイ!オベイ!(Oh Bej! Oh Bej!)。

 

   

 

1288年守護聖人を祭る儀式とも言われますが、1510年法王ピオ4世ミラノ訪問が大衆受けするように、より華やかになるように、そしてちょうど失われつつあった聖人への信心を啓発させるために、ジャネット カストリオーネ(Gianetto Castiglione)教団大使がミラノ入りした折に、子供たちにたくさんのおもちゃやお菓子をプレゼントしながら大衆を集めつつサンタンブロージョ教会(聖堂)に向かわせたことに由来。

この時の子供達の歓声「スゴイ! スゴイ!」の当時のミラノ方言が「Oh Bej! Oh Bej! 」(現代語ならOh belli ! Oh belli!)

 

f:id:grazieatutti:20181205113858j:plain

1886年から伝統的にサンタンブロージョ教会(聖堂)周辺の通りでいろんな食材からおもちゃやクリスマスプレゼントまで買える露店商が狭い通りにたくさん出てましたが、治安や通行事情で2006年に120年の歴史を終え、現在はスフォルチェスコ城周辺で行われてます。

 

f:id:grazieatutti:20181205113925j:plain f:id:grazieatutti:20181205113958j:plain

 

1500年代の当時子供達はおもちゃやお菓子で釣られてましたが、大人は何につられたのでしょうか・・・

 モスタルデ(甘辛いフルーツマスタード)やカスタニャッチョ(栗粉と松の実の薄い半焼き菓子)やフィロン(マロングラッセの前身)だったそうですよ。

 

今日も最後までお付き合い頂きありがとうございます。

         ↓↓↓  もしよかったこちらも覗いてみて下さい ↓↓↓