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イタリア食の歴史 古代ローマ  アピーチョ(=アピシウス) 13-1

古代ローマ時代のパン屋さんの石碑や肉・魚」や「甘味」をご紹介いたしました。

 

今日は 古代ローマのレシピを残した偉人アピーチョ(=アピシウス)。

 

お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

 

   

 

Apicio(アピーチョ=Apiciusアピシウス)は、紀元前1世紀から紀元後1世紀頃に生きた美食家でコックだったと言われており、古代ローマの料理のレシピや調理法をDe re coquinaria(デ レ コンクイナリア: ラテン語)にまとめた著者とも言われ。。。

このレシピ本は当時のレシピや料理方法がわかり、我々が食べるイタリア料理の源としても非常に興味深い本です。

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なぜか日本では、著者も「アピシウス」、著書も「アピシウス」と呼ばれてますが。。。

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アピーチョに出生について情報がなく、当時3人の有名人アピーチョがわかっており、2人がほぼ同時期の紀元前1世紀ごろで、もう一人が2世紀に登場。

 

逸話的に彼の生涯を伝える記述も多いんです。

 

テイベリオ(Tiberio 14-37在位 テイベリウス。イエスキリストを刑死した時の皇帝。)の時代に生きていたと考えられ、 風刺詩人のマルツィアーレ(Marziale)によると、アピーチョはメチェナーテ(Mecenate紀元前70-8年ガイウス・マエケナス:皇帝アウグストウスの腹心で詩人・文学者の最大の支援者)の家でよく食事をしたと伝えている。

またセイアーノ(Seiano 紀元前20年−31年 ルキウス・アエリウス・セイヤヌスローマ帝国第2代皇帝テイベリウスの親衛隊長官)と同年代でお金のために男色関係を持ったと。

 

   

 

彼は当時の快楽主義(ヘドニズム)下で膨大な資産を相続し、洗練された食事に情熱を掲げ乱費し、高級な珍味を探し回ったと言われ、皇帝ファミリーとも繋がり、テイベリウス皇帝の長男小ドルススと知り合いだったと。

 

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プリーニオ(Plinio  22-79年 ガイウス・プリニウス・セクンドウス:自然界を網羅する百科全書「博物誌」の著者。)によると、アピーチョが小ドルススに「庶民の食べる芽キャベツは下品で食べないように」と勧めたとか。「この世で一番の味はフラミンゴの舌だ。」と力説したとか。「フォアグラの作り方は、豚に乾燥イチジクを食べさせMulsum(蜂蜜入りワイン)を過剰摂取させる方法と同じようにダチョウを飼育する。」とか。 を記している。 

 

テイベリウス皇帝がローマの市場で大きなボラを見た時に、「アピーチョかオッターヴィオ(Publio Ottavio)かどちらかが競り落とすだろう。」(Ottavioが獲得)と当時の様子を語った。ことからも皇帝ファミリーと親密な関係であったことがうかがい知ることができますよね。

 

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サルデーニャ島ではたくさ〜んの生き残れたフラミンゴにお目にかかれますよ。

 

 

今日も最後までお付き合い頂きありがとうございます。

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