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将来来たる難民問題に備え 3-1 イタリアの「外人問題」を「外人」が考える

イタリアとフランス間で大事件勃発」「将来来たる難民問題の予習」を記しました。

今日は「難民問題」より以前からある問題「外人」について「外人」がご紹介したいと思います。

 

お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

 

   

 

イタリアは1950年代終わりから60年代初め頃「ドルチェヴィータ」(Dolce Vita : 甘い生活)と呼んだ華やかな時代を経て、

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60年大後半から80年代初頭まで、全国農業銀行の爆破テロ事件からボローニャ駅爆破テロ事件まで政治的なテロや裕福なファミリーの子息誘拐恐喝多発事件など左翼テロリスト団体「赤い旅団」の蛮行が横行した

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アンニディピオンボ」(Anni di piombo : 鉛の時代) を経て、80年代後半から汚職に塗れた時代に突入(社会党の時代からベルルスコーニの時代に)。。。

 

自分がイタリアに住み始めた1980年台半ばは、頻繁したテロや殺傷誘拐事件の余波で「外人」に対し、観た事無い「東洋人」へも不信感(=「怪しい」かも?)も高く、都会(?)と言われたミラノは数回も田舎に行けば「何回スキャンかけるの?」と聴きたくなるほど上から下まで通り過ぎてもそれはそれはアイドルの様によく観察していただけました。今でこそ「外人」の比率が多くなってきた(本人が慣れてきた+気にしなくなったも含め)ので以前ほどでは無い(シチリアの田舎町は別)かもしれませんが。。。

イタリア人の「外人」に対するアレルギーは昔も今も。。。

 

イタリア語には80年代の社会党時代に始まったアラブ系移民政策の余波で「欧州連合の市民」(チタディナンツァ エウロペーア: Cittadinanza europea)と第3世界(アジア・アフリカ・ラテンアメリカなど)の発展途上国から来た移民に対し、マスコミのおかげで「区別用語」の「外人」を明確に分ける言葉「エクストラコムニターリ」(Extracomunitari)として命名されました。

 

   

 

ありがたいことに行政や一般市民にはこの言葉は「ヨーロッパコミュニティーの外の人」として浸透し、税金から補助しなければならない招かれざる発展途上国の方々だけでなく、駐在員で多くの税金を納める経済大国の滞在者もこの中に入れていただける光栄に。例えば日本・アメリカ・スイス・(最近はイギリスも)。。。

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 滞在許可証を取得するためには、こんな感じの雰囲気の中でズルをしてでも先を争うことに全く違和感ない方々と共に半日を、時にはズルをした方々のおかげで申請所(警察)のその日の処理可能枠を超え他の日に再訪問または再々訪問し数日かけ申請した挙句、数ヶ月後に許可証を得る頃には残りの滞在可能期間が1ヶ月ということもありなかなかの大仕事を楽しめます。(この滞在許可証がなければ不法滞在者に)

 

旅行者である限り、ブランド品の購入や高級ホテルでの宿泊・観光地のお土産購入など短期間で時に市民の1ヶ月分の給料ほどの大金を落として行ってくださるので大歓迎される「お客さま」。「外人」としての違和感・疎外感は余り感じられることはないかも知れません。

 

さて本題。。。

ミラノに居る正規「外人」について。。。  

 

あっ 結構長くなってしまいましたね前置き。。。

お後が悪いようですが次回。。。

 

今日も最後までお付き合いいただきありがとうございます。

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