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みんなのおかげで !!! 。。。食文化を専門に30数年をイタリア在住したEnogastronomoが書いてます。お役に立てれば。

イタリア食の歴史 シチリア島 8

前回は、アラブのおかげでクスクスがシチリアに到来したところで終わりました。続きもまた「へ〜」と思っていただけるでしょうか。。。

 

おつきあいのほどよろしくお願いいたします。

 

クスクスが到来するとともに、乾燥パスタも持ち込まれた。

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パレルモ近郊のTrabìa(パレルモ東南東28km)に残る古い資料によると、「9世紀にFez(フェス:モロッコ)からパレルモへ船で乾燥パスタを持ち込んだ。」とあり、900年前後にTrabìaに初めてYtria(=アラブ語の乾燥パスタ)の乾燥パスタ工場が造られた。

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その名残が現在もTrabìaで「Nespole(ビワ)とスパゲティのお祭り」開催され、2018年は5月26・27日に。

   

久々に迷路へご招待。。。

古代ローマにはLagana(生のLasagna生地)が存在したが長期保存できなかった。この時代になってデュラムコムギが持ち込まれるも収穫量は限られており、古代ギリシャ人が健康的な質の高い食事は「オリーブとデュラムコムギとワイン」と記しており、輸送可能になる乾燥パスタは非常に価値があり作り始めたと考えられる。

 

デュラムコムギを最初に栽培したのはアフガニスタンともエチオピアとも言われ、一番品質の良いものはChersonesus(ケルソネソス;東ローマ帝国時代Cherson=現代クリミア半島Sebastolpoli)で、1600年代ジェノバナポリパレルモでもこの地の小麦を使っていた。

 

イタリア人は元来近くの森で狩猟した動物の肉を主に食べ、乾燥パスタは大金持ちの食べ物。長い期間、宗教上のお祭りに食べていた。

 

1600年代にスペイン人がナポリを征服した折に近隣の森を伐採し住民が飢餓に陥り、肉の代わりに「パスタと野菜」(=fidelini(spaghetti) con verdure)が人口の多かったナポリ人(約60万人と)の(手で食べながら)お腹を満たした。

   

1279年のジェノヴァの公証人Ugolino Scarpaが兵士Ponzio Bastoneの遺産リストに「Barixella una plana de macharonis」(=乾燥マカロニのいっぱい入った樽)を残すと。

 

話を戻して、

。。。教えられた「歴史」では、「マルコポーロが1292年にCatai(Khitai契丹=中国)からヴェネツイアに戻った時に麺類を持ち帰った」だったが、300年前にシチリアではもう乾燥パスタを作って食べていたわけだ。

 

教えられた「歴史」でも、色々と調べると違いが出てくるんですね。

『絶対こうだ!』なんて説法信じられますか ???

 

今日も最後までお付き合い頂きありがとうございます。