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イタリア食の歴史 古代ローマ 10

古代ローマ 9」では、政治利用した豪勢な饗宴など紹介いたしました。

当時の面白い習慣についてです。

 

お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

 

   

 

古代ローマの政治的で社会的に名声を高める饗宴と共に、死者への信仰と崇拝の重要な儀式も記しておきたい。

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 Casa delle Vestali(ウェステの巫女の家:火床を司る女神ウェステに使えた巫女達の家:フォロロマーナ内の遺跡)によって調合されたSalsa mola(ファロ麦(エンマー小麦)と塩をませたもの)は公的儀式の生贄に用いられ、生贄にされる動物の額やツノの間に振りかけられ、供物台の聖なる炎に投じられた。家内安全を願うためとも云われれいる。

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Molaに乗せる=Immolare(犠牲にする)=生贄にするとなった。Numa Pompilio(在位紀元前715-673年2代目王ヌマ・ポンピウス)の時代に始まった宗教的伝統の中で最も有名な儀式。

その後このsalsaは、上級階級者が葬られたお墓で使われた。お墓の横の料理用釜にくべられ、魂になった来世でも生きていくために食事は必要と考え、先祖にお供えし食を共にすることも重要な信仰のひとつだった。

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この儀式を垣間見るにはスペインのCarmona(セビリア東30km)のTumba de Elefante(ローマ埋葬場跡:共同墓地で象は永久のシンボルとして祀られた。)が現代にも残っており、多くのTriclinarium部屋で当時の様子が分かる。墓横で調理や会食ができない貧しい人々が使ったと思われる。

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 また紀元133年Lanuvio(ローマ南東33km:カステッリ ロマーニの景色も良く美しい街)で1年間に6回行われた宗教的な盛宴の記録と規定が残っている。会食者には2アッシのパンとイワシ4尾と暖かいワインの入ったアンフォラがMagister cenaeから与えられた。

Magisterはヒエラルキーを守って座るべき席を指示。

 

   

 

席を立って文句を言ったり、ルールを守らない行儀の悪い者には、4セステルツイの罰金を課し、無礼な行動をする者とかやかましい者は12セステルツイを課し、会合の基調を侮辱した者には、20セステルツイを課すと記している(C.I.L. XIV, 2112)。

現代の貨幣価値に換算すると4セステルツイが24ユーロ=約3,000円。

 

行儀の悪い人々は今に始まったことではなく、しっかり罰金を取る習慣も今に始まったことではなく、長〜〜〜く続く歴史なんですね。

 

今日も最後までお付き合い頂きありがとうございます。

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